読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

桜散る、控えて燃ゆる、芝桜。

昨日、一昨日と、突然の訃報でお騒がせし、またご迷惑とご心配をおかけしました。

今日、仕事の合間に弁当を取りに帰って

スタンドに戻ると、洗車待ちをしていた同級生に二度見された…

「何で(‐言‐;)仕事しよっと」

そして怒られた。

「まぁだ休まんね」

さっき香典持ってきてくれたギギギにも怒られた

「いやいや(‐言‐;)ダメでしょ」みたいな

今日だけで5〜6人から

もう仕事しよっとね

( ゜Д゜;)

と言われた

もう…て言うかずっとしてますた…亡くなった当日も通夜の日も葬儀の日も…

しょうがないっちゃぁーしょうがない。

まぁ多分親父も

「すっこたしてから休まんば」

て言うたはずですから。

色々、お手数おかけして

参列までして戴いて

本当にありがとうございました。

以下ご挨拶↓

本日は、年度始めの何かとお忙しいなか、最後のお見送りまでこんなに沢山の方々にお付き合い下さり、誠にありがとうございます。

本来であれば、長男である兄がご挨拶申しあげるところで御座いますが、

羽立石油店の代表ということで、次男である私の方から、一言ご挨拶申し上げます。

平成29年4月11日午前9時55分

父が逝去しました。

昭和45年の4月に

末っ子である自分が産まれたその年の9月に

父は母と二人で羽立石油店を創業しました。

産まれたばかりの自分は、土間にゴザで寝かされ、歩くようになってからはダンボールに入れられて育てられたと聴いています。

以来47年近く、今日までやってこれたのも

一重にお世話になった皆様のご支援と家族の理解があったればこそと、感謝の念に絶えません。

ご存知の通り

父は頑固一徹スタンド一筋に生きて参りました。

私にとって父は

口やかましい親父であり、

厳しい上司であり、

偉大な先輩でありました。

最近では、病床で目が覚めると

夢うつつなのか

「あそこの請求書持って行ったか!」

「あそこのタイヤば換えよんない、おいが行かんない手の足らんろうもん!」

「なんじゃい外車のふとかとば失敗しとらんやろうもん?!」

などと口走り

そう言う父をなだめながら母は

「お父さんずーっと仕事しよんねぇ…」と言っていた会話が頭から離れません。

文字どおり、生涯現役を 貫いた人生でした。

私が羽立石油で仕事をするようになってしばらくした時

重油を扱う事がありました。

その時、その匂いを嗅いだときに、「油臭い」ではなく、何か妙に懐かしい匂いをだと感じたのを覚えています。

それもそのはず。

私たち兄弟がまだ幼い頃、父の制服からはいちもこの重油の匂いがしていました。

私たち兄弟は

私たち家族は

この油の匂いで育ってきました。

この、父が創った羽立石油を、まだまだ発展させるべく、

父が最期に残した

「兄弟・家族がいがみ合うのが一番いかん!兄弟も家族も、親戚一同全部がいつまでも仲良く、助け合って行け。」という言葉を胸に刻み、これから暮らしていきたいと思います。兄も言いましたが私たちはまだ未熟です。

父亡きあとも、生前と変わらぬご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

幸か不幸か、今年は桜の開花が遅れ、父は桜の舞い散る美しい景色の中、旅立って行けます。

私たち親族にとって

忘れられない景色になるでしょう。

この景色のなか、皆様と共に見送れる事を、父も喜んでいると思います。

本日は、お忙しいなか、最後までお見送りいただき、本当にありがとうございました!