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夢を見た

朝、昼、晩と三日連続して、仕事をしたんだけど、あまりにその内容が違いすぎて、体を壊した。

しんどくて、早く帰りたいっていう気持ちが大きくなって、なんとか、その日一日を持たしたら、お腹は減るし、体は怠いしで、横になるしかなかった。

そんな中、大阿闍梨の動画を観たりして、自分を鼓舞していたんだけど、やっぱり、眠たさや食欲には勝てなくて、暴飲暴食したり、眠れるだけ寝た。

大した仕事の内容ではない。もっと厳しい場面は何度もあった。

倒れそうになったり、吐き気がしたり、頭が痛かったり、それに伴って、心までやられてしまった時期が確かにある。

こんな風に生きるのなら、眠っている間に、そのまま、あの世にいってみたいと思ったりする。

でも、あることを思った。

自殺したら、同じ問題の繰り返しでそれが何度も何度も繰り返される。

クリアできるまでずっと。

その話を聞いたとき、もう一回、同じ人生を歩むなんて絶対嫌だって思った。

じゃあ、逆に、考えて、今までできなかったことややれなかったことを全力で倒していくのはどうだろう?って思った。

後悔していることがあって、同じような未来にどうせなるのなら、その未来に繋がらない道を今の自分から探すしかないって思った。

それが、自分の使命なんじゃないか?って思った。

現実を生き切ってもいないのに、夢なんか見れない。

どんどん自分は年老いていくのに、何年経っても、変われない部分が確かにある。

そんなことを考えていたら、ちょうど、面白い記事が手に入った。

それは、物事を長続きさせるにはっていう記事だ。

他人が書いた文章を何度も聞いたり、読んだりしたが、やはり、習慣はすぐには変えられない。

人間というのは、安定したい生き物で、変わろうとするのは、本能ではない。

できれば、そのまま持続したいと思う生き物。

だから、最初は、子供のようなレベルからで良いって書かれてた。

自分は子供なんだ。だから、下手くそ。それが当たり前。やっていくうちにどんどんそれを突き詰めたくて、やり続ける。その継続が実力となり、その人の人格になる。

もしそうだとしたら、私は、今まで、散々、本能と違う方法で自分を高めようとしてた。

すぐにはできないのに、結果ばかりを求めていた。

何より過程が大事だってあれだけ、痛い思いして、身に着けてきたのになって思った。

それで、ほんの少しずつだけ変化させていこうと思う。

それをやって当然って思えるまで自分を慣らしてあげる。

そういうことをやって、ようやく、上級者のやり方をまねる。

一番、最初からうまくなんかいかない。うまくいきだしてから、今までやってこなかったような練習方法を試す。これで良いって思えるもの、きっとあるから。

そんなことが書かれてあって、このやり方は、大縄跳びを跳ぶ感覚と似ているなって思った。

タイミングをうかがって、中に入るときのリズム感と同じ。

自分の体はこうだから、しばらく、それを続けてみる。

そして、体が慣れてきたら、もう一歩踏み込む。

そういう風に自分を飼い慣らしてあげることが、今後の課題なのかな?って思う。

今まで、たくさん、記事読んできたけど、どれもこれも、良いような気がしてしょうがなかった。

だから、かいつまんで、これだって思う言葉を覚えて行ったけど、しょせん、それは、子供が言葉を覚えただけの陳腐なもので、流れに沿うやり方ではなかった。

だから、うまくいかなかったんだって改めて思う。

ちぐはぐになるし、人にだって伝わらない。だって、順序が違うから。

ある人と話していたのだけど、どうもその人の言葉は、おそらく多読のし過ぎで、違和感ありまくりの言葉だった。人の言葉の端っこをつかんでは、何かを言う。そういうんじゃないんだよな、話したいのはって思ってた。

でも、おそらく、その人なりに悩んでいたんだろう。私も同じ道を通った人間だから、よく分かる。

物事の端っこじゃなくて、物の中心に何があるのか。核となる言葉が見つかれば、おのずと答えは出るんだろう。

ある一方では強さがあり、ある一方では弱さがある。

二つが混じり合って一つの結果が出る。

白と黒

黒の中に白があり、白の中にも黒がある。

どちらがどれだけ大きいのか。これが、おそらく、結果になっていくんだろう。

ほんの小さな白を大切にできない人が、何か大きいことを成し遂げるなんてできない。

改めて、自分の頭の中にある思考が、まとまったように思う。

さて、未来づくりでも始めよう。

どの道、何もやらなくても、終わりが来るんだから、やっておいた方が絶対良いって思うし。